貧脚走法

貧脚でも走りたい。

ハンドル、エアロバー(DHバー)

これまでブルベに参加してきて、600kmで感じていた手の痺れに対する対策が必要だと感じていた。この痺れは手根管症候群(しゅこんかんしょうこうぐん)といって握力の低下や指を自由に使えなくなり完治に数ヶ月かかるなど、自転車の操作にも関わってくる大きな問題だった。

これまでアルミの丸パイプのハンドルを使用してきたが、振動吸収性が高くて上ハンドル部分が平らなカーボンハンドルを思い切って導入することとした。いろいろ考えたがエアロ性能よりも快適性を求めて東京サンエスのワンバイエスブランドのジェイカーボンネクストVDSを選んでみた。このVDSがバイブレーションダンパーシステムと言って振動を軽減してくれるというのが売りだ。確かにアルミハンドルよりはマイルドになった感じもするが、やはり上ハンドル部分が平らで圧迫感が和らぐのが快適に感じる。

平らな部分も極端に広くはないのでフロントライトのブラケットであるキャットアイのフレックスタイトが余裕を持って付けられるのがとても良い。手持ちのライトはキャットアイ以外の物もフレックスタイト化してあるので、これが付かないと私のフロントライト運用が破綻してしまうのだ。

このハンドルについては購入後にカンパニョーロのエルゴパワーとは相性が悪いとの話も聞いたのだが、確かにワイヤーの取り回しでブラケットの後ろ部分(赤丸部分)に盛り上がりが出来て最初は違和感を感じたが、イントロのスティンガー4の様な厚いパットの付いたグローブを使うことで全く気にならなくなった。

ジェイカーボン ネクスト VDS

また、これ以外に根本的に手のひらを使わなくて良いようにエアロハンドル(DHバー)も取り入れてみた。ただしこれは使用が禁止されているブルベ団体もあるので、使用には確認が必要となる。

私はプロファイルデザインのSONIC/ERGO/50aを選んでみた。エアロ性能よりも肘で体を支えて楽な姿勢にしたいのが目的なので、肘置きやバーが高い位置にありバーが立っている物が良い。この方が手首が自然な向きでバーを握れてより快適な姿勢をとることができる。

これに加えてバーの位置をさらに高くするための60mmのブラケットライザーキットを取り付けており、更に楽な姿勢をとることが出来るようになっている。これの副次的な利点としてフロントライトをハンドルバーにそのまま取り付けらるため、エアロバーを取り付けた時に悩まされるライトの取り付け位置を考えなくて済む。またこれだけ安楽なポジションにしてもちゃんと空力的な利点も残っており、メーター読みの感覚として10%程度の速度アップも果たしている。重量としては600g程度の増加となっているが、北海道のように広大で急峻な山岳が少ないような場面では効果が最大限に発揮されると思う。

エアロバー(DHバー)

このようなパーツは中華製のような安価な物も見受けられるが、ハンドル周りは破損すると重大な転倒事故になる恐れが高いので、多少高くても有名で信頼のおけるブランドのものを使用することをお勧めする。使用者も多くノウハウもそれだけ多いので後々困ることも少ないと思う。

自転車について(KOGA KIMERA ROAD UD Team)

■KOGA KIMERA ROAD UD Team 2012年モデル

ブルベで主に使用しているロードレーサー、オランダブランドであるKOGAの中級カーボンフレームで特に素性も知らず見た目で買ったけれど剛性が高く安定したフレームであり、登りより平地の巡航がまだましである私には合ったものだった。

普段はあまり見かけないフレームだが、ブルベでは意外と使われていて同じカラーと別カラーのKIMERAを1度づつ見かけた。

カラーは2009年に別府史之選手がツールドフランスに出場したスキルシマノのレプリカカラー(ただし当時はまだKIMERAは登場していなかった。)で、フレームにはSHIMANOの公式ステッカーが同梱されていたけど、最近DURA-ACEのホイールを借りるまではシマノのパーツは全く取り付けられてはいなかった。(カンパに合うシマノホイールは無いのでリアハブを交換済み)

KOGA KIMERA

■グループセット(コンポーネント

カンパニョーロのコーラス 2007年モデル 10段変速を中心に組んでいる。パーツの価格が高いのであまりカンパニョーロで組んでいる自転車は見かけないけど、耐久性が高く互換性が非常に高いので長く乗るほどコストパフォーマンスは良くなると思う。もう少し普及してくれると良いなと思っている。

特にホイールは段数が9速、10速、11速、12速となっても完全な互換性を保っており20年前のホイールでも何の問題も無く使用でき、この点だけでもカンパニョーロをお勧めする大きな理由となる。

ブレーキシューがなかなか減らないのも特徴で、15年使っていてアルミ用とカーボン用を2セットづつ使いながらまだまだ余裕がある。雨の600kmブルベで予備のシューは持っては行ったが見た目では全く減ったようには見えず使うことはなかった。プーリーは15年目の今年になってようやく交換した。ブレーキキャリパーのリターンスプリングが折れると言う話を聞いて予備を持っているが15年経っても折れる気配は無い。

またこれらのパーツがモデルチェンジ後も供給されているのは安心感がある。レコードの9速、10速、11速のチェーンは2022年のカタログにもちゃんと掲載されている。

レース用の質実剛健な製品と思われているカンパニョーロだが、以前より脚の無いオジサン用のパーツも用意されており、私のギアはフロント50−34T、リア13−29Tとなっている。今ではフロント48−32T、リア11−34Tという貧脚用ギアもあるのでゆくゆくは取り入れたいと思っている。(エカルのフロント38T、リア10−44Tも魅力的だがディスクブレーキ用なのでフレームから用意しなければならないのが厳しい)

ロードをフレームから組むのであればカンパニョーロも有力な選択肢になると思う。

■ペダル

クランクブラザースのキャンディ1ペダル。元々はLOOKのKeoペダルを使用していたが固定力が高く600kmなどの距離になると外し損ねて立ちゴケなどと言うことにもなったので、2つ穴式のものに交換した。この場合SPDペダルにする場合が多いと思うけど、4面キャッチでより脱着が容易であるクランクブラザースは良い選択だと思う。

価格も安く軽量で何と言ってもカラーが5色から選べるのが良い、パーツ類は油断するとすぐ黒色になってしまうのでできればカラーコーディネートをしてあげたいところ。

www.riteway-jp.com

■チェーン

ワイパーマン(wippermann)CONNEXを使用。チェーンを繋ぐコネクトリンク(いわゆるミッシングリンク)が手だけで簡単に脱着できる。これもなかなか使用している人を見かけないけど、工具を使わなければ外せない他のものに比べたら非常に便利。特にブルベの最中など疲れて焦っている時などは助かると思う。

■タイヤ、チューブ

タイヤはPanaracer RACE A Evo4を使用、少し前までの定番タイヤでグリップも良く耐久性も高く良いタイヤだった。生産終了してしまったのが惜しい。後継のアジリストはワイドリム適合タイヤで私のナローリムホイールでは性能を発揮できないため、ナローリム適合タイヤと言われているミシュランのPOWER CUPに乗り換え予定。

チューブは定番中の定番であるR'AIR、1300kmブルベでは予備チューブを3本持って行ったが一度もパンクすることはなく、またエア漏れもほとんど感じず空気入れも一度も使わなかった。家電量販店の自転車コーナーでも手に入り、これを使っておけば間違いない。

■チェーンリングボルト

KCNCのカラーボルト、これもカラーコーディネートの一つではあるけれど他にもボルト穴を普通の6角にする目的もある。カンパニョーロの純正ボルトはここがT30のトルクスで普通の携帯工具には無いサイズであり、このためだけに専用のレンチを用意しなければならなかったので交換した。ただしこのボルトはアルミ製であり舐めやすく緩みやすい、普段から気を付けていたい。

RM812 Okhotsk 1300km Hokkaido 5日目

オホーツク1300kmもいよいよ最終日の8月25日(木)、今日は約190km獲得標高も750mと普段であれば12時間もあれば余裕でゴールできるはずだが、1100km以上を走ってきて身体がどうなるかは未知数のうえ、18:05を過ぎれば認定は取れずに全ては水泡と化してしまうので余裕を持って午前4時のスタートとした。

スタートからしばらくは海岸線を行くがやはりアップダウンが続く、歩道を走ったり押し歩いたりと走りは苦しい。しかし天気は天気は最高で海もキラキラして綺麗で気分は盛り上がる。

道のりの半分を過ぎて平野部に入り残り距離も100km切ってくると余裕も出てくる。コンビニのトイレ待ちでは初音ミクさんの白バイポスターなんぞを撮ったりしていた。

白バイのミクさん

千歳市に近づくと飛行機も飛んでくる。普段からなのか今日は特別なのか戦闘機のF-15イーグルが編隊で飛び回り、その隙間を縫うように旅客機が進入してくる。自衛隊基地の中を横切る道では姿は見えずもエンジン音が鳴り響き排気の匂いも漂ってくる。

北広島の辺りまで来ると道も広くなり風も追い風で気持ち良く進んでいく。もうすぐ走り切れるんだと言う高揚感でいっぱいだ。ただ股ずれの痛みもいっぱいで腰を浮かしたり立ち漕ぎしたりサドルに乗るポジションを変えたりと忙しい。この辺りの対処法は今後いろいろと考えていかないと。

石狩川を渡り道の駅を右折するともうゴールは目の前だ。太美駅脇の踏切を渡れるとはスタート時には半信半疑だったがやっと戻ってきた。やり遂げた感慨や疲れた心身からかほろりと涙が出た、年甲斐もなく気恥ずかしいが今日くらいは当然だろう。

ゴールはコンビニだが写真を撮るには味気ないので駅前に移動して撮影。大きなトラブルもなく走ってくれたKOGAのKIMERAちゃんもご苦労様ありがとう!!

ゴール!!

ゴールレシートの時間は16時33分、まだリザルトは出ていないけどこの時間からすると達成時間は107時間33分、制限時間109時間5分を目一杯楽しませてもらった。

さああとはお風呂に入ってご飯を食べてたっぷりとお布団峠を楽しもう。

 

RM812 Okhotsk 1300km Hokkaido 4日目

オホーツク1300kmの4日目8月24日(水) 午前6時11分、昨日のひどい股ずれにより半ば走行を諦めていたこともあり目覚ましをかけていなかったのだが自然に目が覚めた。患部を触ってみると寝る前よりかなり良くなっている感じがしたので、とりあえず支度をして自転車に乗ってみることにした。行けそうなら行くしダメそうならそのまま駅に向かえばいい。まずは何とか走れたのでコースに復帰、今日は大きな登りも無いし距離も240kmとこれまでに比べれば数十km少ないからと気楽に走り始めた。

しばらくは幹線道路をなかなかスリリングな走行が続く、ここから100kmコンビニや商店が無いと言われていたセイコーマート音別ではりんごアイスとガリガリ君しか補給していなかった。もう固形物をあまり受け付けない状態になっていたようだ。

そしてその前後から道がアップダウンを始める。海岸線だからそれほど登りは無いだろうと勝手に思っていたがナビを見ると微妙に内陸部に入っている。もう進むしか無いのでペダルを回す、100回まわしたら足をついていい「いちにいさんしい・・・」などと意味不明なことを言い出し前を見ないように足を踏み込む、前を見て坂が続いているのを見るとそれだけで心が砕けてしまう。それでも前から来た日本一周風なお兄さんとエールをかわしながらジリジリと進む。

途中で商店を発見して喜び勇んで駆け寄ったが昨年店じまいをしていて自販機だけが動いていた。一旦落ち着いてQooをいただく、ただし北海道の習慣でゴミ箱は無い、PEKOさん謹製の反射ベストの後ろポケットにペットボトルを入れて走り出す。

閉店した商店

飽きずに繰り返されるアップダウンを進み続ける。(走ると言う速度では無い)しばらく進むと公衆トイレと自販機を発見してしばし休憩、この組み合わせはこの100km区間で何箇所か見かけた。食べ物や飲み物はある程度持って走れるがトイレはなかなかそうはいかない(PBPでは非常トイレキットとトイレットペーパーを持っていた)ので公衆トイレがあるとかなり助かる。この点ではこの区間は無補給地帯ではあるが走破は困難では無いと思った。

何やかんやで広尾町に着き黄金道路に突入、この区間は海沿いで平地区間であるがなぜか異様に速度が乗る。襟裳岬まで40kmちょっとを2時間程度で走ることが出来てこれまでのうっぷんを晴らすことができた。それと懸念された超大トンネル群はかなり快適だった。海沿いの道はかなり波をかぶって濡れており波の音も大きくて結構怖かったが、トンネルはそれらから守ってくれて安心感があった。とはいえ襟裳岬で19時となり辺りは暗くなり寂しくなるし最後のチェックポイントである風の館の看板をなかなか見つけられずかなり焦ってしまう。

通過チェック10 風の館

襟裳岬から国道に合流するまではまたキュッとした登りがあったが、いつもの押し歩きでクリアしてあとは今日の宿がある浦河町を目指すのみ。ここからはちらほらと街があり昨日のような真っ暗で何も無い道を行くよりかは安心感がある。

などと言っていると道の脇からガサゴソと大きな音がする!、と思ったら大きな鹿が何頭も現れた!!、さらには道の真ん中に堂々と立ってこちらを見つめているヤツまでいる!!!、「うりゃ〜、どけ〜っ!!」と奇声をあげベルをチンチンチンと鳴らして追い払った。野生動物は山の中で海にはいないだろうと思っていたがそんなことはなかった。このあともガサゴソするたびにベルを鳴らして何とか走り切った。

浦河町のゲストハウスまさごには23時ごろに到着、そそくさとコンビニ飯を食べて眠りについた。

RM812 Okhotsk 1300km Hokkaido 3日目

オホーツク1300kmの3日目は275kmで2200m以上を登坂する最も厳しいと思われるステージ、8月23日(火)も5:00にスタートしましたが、つぶやきのログを見るとゴールの釧路まで走れる気がせず途中200km地点あたりの弟子屈で宿を探すなどと言っており、最初から気弱なところがありました。

通過チェック6 カニの爪

スタートして数kmで通過チェック6のカニの爪に到着しますが、そこから次の通過チェックまでの100kmはかなりの向かい風とアップダウンでキツかったです。まあそれもその次の登坂に比べたらまだましでした。

通過チェック7の能取岬ではトイレくらいあるだろうと思っていてその通りであったのですが、使用中止になっていたのはガックリでした。ただ網走まではすぐだったので人権を無くすことはなくホッとしました。

通過チェック7 能取岬

さていよいよ登坂であるハイランド小清水725までの海岸線0mからのヒルクライムですが、結果から言うとこの区間55kmを7時間もかけてしまい計画が大幅に狂ってしまいました。平均斜度は5%程度らしかったので普段なら何とか登れたと思うのですが、すでに700km以上走ってきた身にはかなりこたえて2時間くらいは押し歩いていたと思います。頂上に着いた時には既に17時半を回っており残り距離100kmと考えると釧路まで走ると今日中に着くのは難しく、スタート前に考えていた弟子屈での宿泊が頭をよぎります。

通過チェック8 ハイランド小清水725

ただここからのダウンヒルが真っ暗になる前だったのでスムーズに下れてよかったです。弟子屈に着く頃には真っ暗になっていましたが、意外とやる気は削がれておらずコンビニで補給をしたら落ち着いたので釧路まで行くこととしました。

しかし釧路までの道のりではなんとなく登りが3回くらいあると考えていたのが全然間違いで、10回以上の登りがあり獲得標高も小清水725とあまり変わらないことを知ったのは走った後になってからのことでした。こうしたアップダウンの嫌なところは撤退しようとしてUターンしても登らなければならないことで、結局進むしかないということでしょう。単発の峠道ならくるりと後ろを向いて下っていけば街があるという安心感がありますが、この時は下っても何もないから進むしかないし登って下ってを繰り返すたびに退路を絶たれている気がして不安でした。

なんとか釧路に着いた時には午前1時を回っており満身創痍で頭が回っておらず、通過チェック9の幣舞橋で看板を見つかるのに10分くらい周囲を探し回っていました。

通過チェック9 幣舞橋

そして幣舞橋から今日の宿である東横INN釧路十字街への数百mの移動で、これまで蓄積した股ずれの症状が爆発してしまいサドルへ座れなくなり、立ち漕ぎで何とかたどり着きました。明日の出走は絶望的だと思いましたが、とりあえずシャワーで患部を綺麗にして休むことにしました。

この日の夜間走行はかなり寂しい区間を押し歩きを含めて走行していましたが、幸いにも野生動物に会うこともなく走り切れました。しかし翌日のニュースでは野犬が集団で鹿を襲っているとのことであり、間違っていれば私も餌食になっていたかもしれないなと少しゾッとしたのでした。

RM812 Okhotsk 1300km Hokkaido 2日目

オホーツク1300kmの2日目は無事に起床して8月22日(月) 5:00頃に出発。スタートしてすぐに上り坂があり、同行者の方とは早々に離れ離れとなる。この遅さは折り紙付きで乗鞍2時間23分、ヤビツ1時間15分、白石峠1時間30分というほとんど押して歩いているのではないかというほどの遅さで目が当てられない。ただ歩いてでも進んでいればいつかは越えられると信じて登っています。

ほどなくして通過チェック3の抜海駅、通過チェック4のノシャップ岬、通過チェック5の宗谷岬と順調に進んでいく。余裕のある参加者は海鮮を食べたり、最北のコンビニに寄ったり、最北の稚内駅に寄ったりしているらしいけど、走力に不安のある私は淡々と先に進む。

通過チェック5 宗谷岬

宗谷岬から先は方角が変わりオホーツク海沿岸を南下することとなり、これまでの追い風が向かい風になることになるが、思ったより風は強くは無く普通のペースで走ることが出来た。天気も良く雄大な北海道の道を楽しんで走る。

しばらく走ると猿払の道の駅が見えてきた。ここだけはホタテが美味しいとの情報を聞いていてちょうどお昼時だったので寄って行くこととした。ここで食べたホタテ刺身定食がこのブルベ唯一のグルメとなった。最近のコンビニ飯も美味しいがやはりちゃんと座っていただくご飯はとても美味しい、ホタテはプルプルで美味しくあっというまに完食しました。あと水がピッチャーでどかっと置かれていたのも有り難かった。

ホタテ刺身定食

この先は何も無いがある通称エサヌカ線へ、地平線まで続く真っ直ぐな道をやすれ違うオートバイのライダーさんとヤエーのやりとりをしながら北海道ならではの道を堪能しました。

エサヌカ線

ここからはひたすら海岸沿いを走っていきます。数十kmごとに通りかかる町のセイコーマートで休憩しつつただ走るのみ、これも北海道ツーリングの醍醐味か。日が暮れて夜間走行となりますが当然海のある左側は本当の闇が現れる、この夜の海はまるで吸い込まれていきそうで私は苦手にしています。波の音も誘い込もうとしているようで頭から離れず、なるべく海の方を見ないようにして進んでいきます。

紋別の街の明かりが見えてきた時には本当にホッとしました。あまりにも気が抜けて市街の中の登り坂を押して歩いたくらいです。(^^; ホテル近くのセイコーマートで食料を買い込み、今日の宿である紋別セントラルホテルにチェックイン。このホテルは自転車乗りに理解があり自転車をロビーに置かしてくれたり部屋に入れさせてくれたりもするそうです。私は別館で少し離れた部屋だったのでロビーに置かせてもらいました。また紋別に来る機会があればここに泊まりたいと思います。

2日目は走りを楽しめてグルメも出来て、このブルベで最も楽しめた日だと思います。

RM812 Okhotsk 1300km Hokkaido 1日目

ブルベ600kmまでは走ったがPBPでは300kmほどでDNFしてしまいウダウダとしていたけど、1,000kmレベルのブルベも走っておきたいと思っていたところこの1,300kmを見つけたのでエントリーしてみた。

1日あたり300kmを目処としてホテルに泊まり十分に回復して走ることを目指したけど、4泊5日もの連続走行は経験が無く実際にやってみるまで出来るか分からなかったけど、とりあえず1日目は315km地点の幌延、2日目は600km地点の紋別、3日目は877km地点の釧路、4日目は1,120km地点の浦河町で計画してみた。

スタート前日の8月20日(土)にスタート地点となる太美の万葉の湯にチェックイン、残念ながら個室は取れなかったけどリラックスルーム奥のごろ寝コーナーはマットレスが敷いてあって横になれて十分に休むことが出来た。また走り終わったあとの後泊で部屋を取っていたので輪行袋のOS−500や着替えなどの荷物を預かってもらえて有り難かった。

夕食

翌8月21日(日) 5:00にスタート。朝方は霧が出ていたけどさくさくと進み通過チェック1の吉野公園に到着してトイレとドリンクの補給をして先に進む。しかし100km地点あたりで足がつってペダルを回せなくなる症状が発生、これはマグネシウム不足からくるものと調べていたのでMAG-ONのジェルを飲みパウダーをドリンクに溶かしたところ、以後足のつりには悩まされなくなった。

通過チェック1 吉野公園

以後は朱鞠内湖から美深峠を目指したが峠直前の6〜7%の上りで走れなくなり押し歩きが発生、こんな序盤で先が思いやられる。通過チェック2の美深峠で既に16:00になったけど、今日のゴールまであと100km以上あり不安になってくる。

通過チェック2 美深峠

峠を下って美深の市街と音威子府で補給したあたりで暗くなってくる。昼間に走ってても薄々感じていたが街灯がほとんど無く寂しい。路肩を示す矢羽の目印は反射するし場所によってはLEDが光っているが、後で知ったことだがこれはソーラーパネルで光っているだけで電線が来ているわけでは無いそうだ。福島あたりの山の中を深夜に走ったこともあるけど意外と電柱は立っていてそこに街灯はあるし民家もちらほらとあった。しかし北海道は町と町の間は本当に何も無くて走るのに不安と寂しさを感じた。

音威子府から先は幸い厳しい上り坂も無く何とか幌延セイコーマートが閉店する1時間前の22:00頃に到着することが出来た。ここではスマートホテルに泊まったが今年開店したばかりの綺麗なホテルでゆっくり休むことが出来た。